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浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)55号 判決 1984年9月05日

原告

X

右訴訟代理人

村上實

被告

Y1

被告

Y2

被告

Y3

被告

Y4

被告

Y5

被告

Y6

被告

株式会社Y7

右代表者

Y6

右七名訴訟代理人

福岡清

山崎雅彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二三五九万四三七八円及びこれに対する昭和五八年二月二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五七年九月五日午前二時五五分頃

(二) 場所 埼玉県川口市幸町三丁目四五番地二、四六番地一、二所在の鉄筋コンクリート造陸屋根七階建の「クレセント幸町」マンション(以下「本件マンション」という。)

(三) 被害者原告の二女A(当時一五歳。以下、「A」という。)

(四) 態様 Aは本件事故直前、友人のH(以下、「H」という。)、K(以下、「K」という。)の両名と涼をとるため本件マンションの屋上に上つていたが、七階へ降りようとして、別紙図面(一)(以下、「図面(一)」という。)のA地点に立つていたとき、七階にいた被告Y1から突然大きな声で「そこにいるのは誰だ」と怒鳴られ、驚いたはずみで体のバランスを失い、図面(一)の吹抜部分を二階床面まで転落して即死した。

2  被告株式会社Y7を除くその余の被告らの工作物所有者もしくは占有者としての責任

(一) 本件マンションの瑕疵

本件マンションの屋上の周囲には、柵がないうえ、屋上の出入口にあたる前記A地点付近の床の幅は約九〇センチメートルしかなく、極めて危険な状態にあつたのであるから、本件マンションの区分所有者もしくは占有者としては単に屋上を使用禁止するだけでなく、屋上への昇り口である七階の階段入口に物理的に屋上に上ることができない高さを備えた柵を設置しておかなければならなかつた。しかるに、本件事故当時、七階から屋上へ通じる階段には別紙(四)(B)図の示すように、高さ一メートル一一センチメートルの柵状扉が設置されていたにすぎなかつたから、本件マンションの設置、保存に瑕疵がある。ちなみに、本件事故後、被告らは、直ちに右柵を天井部分まで増築し、物理的に屋上への出入を不可能とする措置を講じた。

(二) 本件マンションのうち、被告Y1は一〇一、二〇一、二〇二、七〇三の、被告Y6は二〇三、三〇一ないし三〇三、四〇一ないし四〇五、五〇一ないし五〇五、六〇一ないし六〇五の、被告Y5は二〇四、二〇五、三〇四、三〇五の、被告Y2は一〇二の、被告Y3は七〇一の、被告Y4は七〇二の各建物番号の専有部分をそれぞれ区分所有しているほか、構造上の共有部分である本件マンションの屋上、屋上へ通じる七階階段及びその昇り口を共有し、かつ、これを自主管理して占有している。

(三) そして、Aは前記のとおり本件マンションの七階から屋上へ通じる扉を越えて屋上へ上り、本件転落事件に遭遇したのであり、もし、本件マンションの設備に前記のような設置、保存の瑕疵がなかつたならば、右事故の発生は防止することができたものであるから、右被告らは民法七一七条の損害賠償責任を負うべきである。

3  被告Y1の不法行為責任

被告Y1は、本件マンションの屋上の周囲には、前記のとおり柵が設置されておらず、ことにA地点付近は屋上の幅がわずか九〇センチメートル程度しかない危険な状態にあることを十分承知していたのであり、突然大声で怒鳴つたならば、屋上にいる者が驚いて体のバランスを失い、転落する事態を十分に予見することができたのであるから、同被告はAに対し十分注意を払つて声をかけるべき義務があつた。しかるに、同被告はこれを怠り深夜突然大声で「そこにいるのは誰だ。」と怒鳴つた重大な過失により、Aの本件転落事故を招来したものであるから、同被告には、不法行為による損害賠償責任がある。

4  被告株式会社Y7の瑕疵担保責任

(一) 原告は、昭和五六年三月ころ本件マンションの六〇五号室を被告株式会社Y7(以下「被告会社」という。)から賃借し(以下、「本件賃貸借」という。)、居住してきた。

(二) 本件マンションのような共同住宅における賃貸借においては、専有部分のみならず構造上の共有部分も賃貸借の目的物となつているところ、被告会社は請求原因2起載のとおり構造上の共用部分に瑕疵が存在することを知りながら、原告に対し右賃貸をなしたものである。

(三) そして、本件転落事故は右瑕疵が原因で発生したものであるから、被告会社は賃貸人としての瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任がある。

5  損害

本件事故により、原告は次のとおりの損害を被つた。

(一) Aの損害

(1) 逸失利益 金三四五五万八一七六円

Aは事故当時一五歳の女子であり、健康に恵まれていたから、将来少なくとも、一八歳から六七歳まで就労して標準的な収入を得ることが可能であつた。そこで、昭和五六年度の賃金センサスの企業規模計、学歴計の女子労働者の全年齢平均の収入の1.1倍に当る二一九万一二四八円を年間収入額とし、これから三割の生活費を控除し、新ホフマン係数22.530(就労の終期までの年数に対応する係数から就労の始期までの年数三年に対応する係数を引いたもの)を乗じてAの逸失利益を算定すると、金三四五五万八一七六円となる。

(2) 慰藉料 金一一〇〇万円

Aは本件事故で死亡したことにより計りしれない精神的苦痛をうけたものであり、これに対する慰藉料としては右の金額が相当である。

(3) 原告はAの母であり、右損害賠償請求権をAの父と二分の一ずつ相続したから原告の取得分は、金二二七七万九〇八八円である。

(二) 原告固有の損害

原告はAの葬儀をあげてその霊を弔い、遺体を埋葬したが、そのため、次のとおり、合計金八一万五二九〇円の費用を支出した。

(1) 葬儀費用 金三六万五〇〇〇円

(2) 葬儀の際の飲食費等 金一〇万六五九〇円

(3) 位牌代、仏壇、仏具代 金一七万一〇〇〇円

(4) お布施代 金一七万円

6  よつて、原告は被告らに対し、各自金二三九五万四三七八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年二月二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(被告ら七名の認否)

1 請求原因1(一)ないし(三)の各事実は認める。同1(四)のうち、Aが本件事故直前、友人二名と本件マンションの屋上に上つていたが、七階へ降りようとして図面(一)のA地点に立つていたこと、被告Y1が七階から声をかけたこと、Aが体のバランスを失つてA地点から図面(一)の吹抜部分を二階床面まで転落して死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。

(被告会社を除くその余の被告らの認否と主張)

2(一) 同2(一)のうち、本件マンションの屋上の周囲に柵がなかつたこと、屋上への昇り口にあたる七階の階段入口に別紙(四)B図のとおりの柵状扉が設置されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。右扉の高さは一メートル一二センチメートルであつた。

(二) 本件マンションには、その設置、保存に瑕疵はなかつた。すなわち、

(1) 本件事故当時、本件マンションの屋上に通じる七階階段入口には、居住者、外来者が屋上へ上らないようにするため、高さ一メートル一二センチメートルの柵状扉を設置し、その扉に南京錠で施錠し、誰も自由に開閉出入できないようにして、屋上へ昇ることを禁じていた。建築基準法施行令一二六条には、「屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが、1.1メートル以上の手すり壁、柵又は金網を設けなければならない。」と規定されているが、右の屋上広場等とは、通常、人がこれを利用する場所を意味している。本件マンションの屋上は、通常人が利用することが全く予定されておらず、屋上にエレベーター機械室があるので、その修理等を行う場合に利用するため七階から屋上に通じる階段が設置されたものである。したがつて、本件マンションの屋上の周囲に金網等を設置する必要はなく、屋上に通じる階段の七階部分に1.1メートル以上の柵を設置すれば足りるのである。

そして、柵の設置に当つては、通常予想される危険を回避する規模のものであれば足り、施錠されている柵を乗り越えていく者まで想定して柵を設置し、あるいは保存する義務はない。本件事故後、被告らは、柵のうえにさらに柵を設置したが、これは本件事故のように禁止しているにもかかわらず、柵を乗り越えていく者が今後あつてはならないと考え、乗り越えができないように改造したが、これは同被告らが法的責任を認めて執つた措置ではない。

(2) しかも、本件屋上の危険性にかんがみて、エレベーター内には本件事故当時他の禁止条項とともに屋上に上つてはならない旨を記載した注意書が貼付し、掲示されてあつた。

(3) 右のような事情に照らすと、本件マンションの設置、保存には瑕疵がなかつたものというべきである。

(二) 同2(二)のうち、被告会社を除くその余の被告らが本件マンションのうちの各専有部分を区分所有していること、本件マンションの屋上へ通じる七階階段とその昇り口が構造上の共有部分であり、被告らが区分所有者として共有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

右の共有部分につき被告らは株式会社東急コミュニティに対し、管理を委託している。

(被告Y1の認否及び主張)

3 同3のうち、被告Y1が、本件マンション屋上の周囲に柵がないことを知つていたこと、深夜声をかけたことは認めるが、その余の事実は否認する。同被告は「誰、そこにいるのは誰」とこわごわ声をかけたにすぎない。

被告Y1は、事故当日の午前二時三〇分ころ、長女Tが騒音と震動のために眠れないと訴えたことから、その原因を究明すべく玄関から廊下に出て七階エレベーター前の別紙図面(三)(以下、「図面(三)」という。)①の地点まででたところで、初めて数名の者が本件マンションの屋上においてドタドタ歩くなどして騒音や震動を出していることを知つた。同被告は真夜中であるという状況のもとにおいて、立ち入りが禁止されている屋上に上つている者の正体がわからず、場合によつては棒などを持つた男達が下りてきて襲撃されるかもしれないという恐怖感を抱いた。右のような状況のもとでは、同被告が声をかけたら、驚いて転落してしまうなどとは思い及ばないところであり、まして、屋上にいる正体不明の者に対し、大声で怒鳴つたならば転落するかもしれないと予見して慎重に声をかけるべきであるという注意義務があるということはできない。また、同被告が声をかけてからAが転落するまでには、三、四分の時間の経過があつたのであるから、両者の間には因果関係がない。

(被告株式会社Y7の認否及び主張)

4(一) 同4(一)の事実及び同4(二)のうち、本件マンションの屋上へ通じる七階階段とその昇り口が構造上の共有部分であることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 本件マンションの屋上及び七階から屋上に通じる階段は、賃借人が使用することを予定されていないものであるから、賃貸借の目的物には含まれないので、被告会社に賃貸人としての法的責任はない。

(被告ら七名の認否)

5 同5の各事実はすべて争う。

第三 証拠<省略>

理由

一本件事故の発生について

1  原告の二女Aが原告主張の日時、場所において、本件事故の直前、友人二名と本件マンションの屋上に上つていたが、七階へ降りようとして図面(一)のA地点に立つていたとき、七階にいた被告Y1が七階から声をかけたこと、Aが体のバランスを失つて右A地点から図面(一)の吹抜部分を二階床面まで転落して死亡したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、原告はAの右転落事故は被告Y1が七階から突然大きな声で「そこにいるのは誰だ」と怒鳴つたことからAがその声に驚いて体のバランスを失つたことにより生じたものであると主張するので、この点について検討するに、<証拠>、検証の結果と前記認定の事実とを総合すると、Aは、事故直前の午前二時三〇分ころ、友人のK、Hの二名とともに、原告宅であつた本件マンション六〇五号室が暑苦しかつたことから、涼をとるため屋上に上り、図面(一)C地点付近にいたが、後から引き続いて上つてくることになつていたAの姉Bらが仲々こないので呼びに行くため、Aを先頭にK、Hの順序で右C地点付近から別紙図面(二)(以下、「図面(二)」という。)のA地点まで戻つたころ、七階の図面(三)①地点辺りにいた被告Y1から、「そこにいるのは誰だ」とかなり大きな声で叱責されたこと、そのため、AはK、Hとともに驚き、C地点の方向に引き返そうとして体の向きを変え、一、二歩戻りかけた直後にAが屋上から転落したことが認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二本件マンションの瑕疵について

次に、本件マンションの設置又は保存に瑕疵があつた旨の原告の主張について検討する。

1  本件マンションの屋上の周囲には柵がなかつたこと、本件事故当時屋上の上り口にあたる七階階段入口に別紙(四)B図のような柵状扉が設置されていたことについては、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件マンションは、一級建築士の資格を有する被告Y3が設計し、昭和五五年の初めころ建築確認を受け、昭和五六年春に完成して、入居が開始され、原告も長女B、被害者の二女Aとともに本件マンションの六〇五号室に入居した。

(二)  ところで、本件マンションの屋上は緊急時を含め入居者をはじめ一般人は使用しないことを前提に設計されたため、屋上の周囲には柵を設けなかつた。もつとも、七階から屋上へ通じる階段は設けてあるが、これは屋上にある給水塔とエレベーター機械室の補修、点検のため業者が立入る場合にだけ利用することを予定して設置されたものであり、本件マンションの居住者及び外来者が右階段を利用して屋上へ上ることを禁止していた。

そして、事故当時七階から屋上へ通じる階段入口には、別紙(四)(B)図記載の規模・形状の金属製の柵状扉(高さ一メートル一二センチメートル)が設置され、右扉は南京錠で施錠されており、また、右階段から屋上に通じる箇所には、同(四)(A)図の規模・形状の金属製の柵(高さ一メートル七センチメートル)が設置されていた。したがつて、右階段を上つて屋上へ出るためには、右二つの柵を乗り越えていかなければならないから、右屋上へ出ることが一般的に禁じられていることが容易に認識しうる状態になつていた。

(三)  のみならず、昭和五六年六、七月ころから、同マンションのエレベーター内の正面に、「お願い」と題し、他の注意事項とともに「尚、屋上には手すりがありませんので絶対にあがらないで下さい。きけんですから」と書いた注意書(乙第一号証)が貼付され、本件事故当時も同趣旨の注意書が貼られていた。

以上の事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  次に、Aが本件マンションの屋上に上つた状況について調べてみるのに、<証拠>を総合すれば、Aは死亡当時一五歳で、○○実業高等学校普通科在学の女子高校生であつたが、深夜、友人二人の先頭にたつて前記のとおり立入禁止場所になつており、かつ、危険な場所であることを知りえたのに、敢えて前記二つの柵を乗り越えて屋上に上り、しかも、幅約九〇センチメートルの図面(一)のA点付近を通つて、同C点に至り、その帰途再びA地点附近に至り、前記経緯によつて転落したものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右1及び2項で認定した事実によれば、本件マンションの屋上には柵がなく、したがつて、屋上に上れば転落の危険があるけれども、右屋上への立入りは禁止されており、しかも、七階から屋上へ通じる階段には、二箇所に高さ一メートルを越える鉄製柵が設けられて本件マンションの居住者及び外来者がみだりに屋上に立入ることを規制する設備が施されていたことが認められるから、本件マンションは、その構造及び設備において、通常予測される危険の発生を防止するに足りる安全性を有していたものというべきである。

この点に関し、原告は、屋上への昇り口である七階の階段入口に物理的に屋上に上ることができない高さの柵を設置しておくべきであると主張する。しかし、その居住者、外来者のみが専ら使用することが予定されている本件マンションの設置管理者としては、その構造及び場所的環境に照らして通常予測される居住者等の行動を基準として危険防止の設備をすれば足りるのであつて、本件のように、すでに一五歳に達し、思慮分別のある本件マンションの居住者であるAが高さ一メートル以上もある柵を二つも乗り越えて屋上に出るなどという無謀な行動にでることまで予測して柵を設置、保存すべき義務はないというべきである(なお、本件事故後に、右柵が乗り越え不可能なように改造されたことは当事者間に争いないが、右事実は何ら右判断の妨げとなるものではない。)。

しからば、本件事故が本件マンションの設置、保存の瑕疵によるものであるとの原告の主張は採用することができない。

三被告Y1の不法行為責任について

原告は、柵のない屋上の狭い所にいたAに対し、被告Y1が転落を防止するため十分注意を払つて声をかけるべきであつたのに深夜「そこにいるのは誰だ。」と怒鳴つた重大な過失により本件事故が生じたものであると主張するので、この点について検討する。

1 Aが本件マンション屋上の前記A地点にいたところ、同七階の前記①地点付近にいた被告Y1が「そこにいるのは誰だ。」とかなり大きな声で怒鳴つたことからAが驚いて前記C地点に引き返えそうとし、体の向きを変え、一、二歩戻りかけた直後にAが屋上から転落したことは前記一2で認定したとおりである。

2  そこでまず、被告Y1が怒鳴つた前後の状況について調べてみる。

前記一2で認定した事実と<証拠>を総合すると、同被告は娘のTが本件事故当日の午前二時三〇分ころ、震動と騒音で眠れないと訴えたことから、その原因を確めるべくTとともに七階のエレベーター前の前記①地点辺りまで出たところ、正体不明の男女数名が屋上にいる気配を感じたこと、当時、右地点からは屋上は全く見えないので、同被告は、彼等が屋上のどの場所にどのような状態でいるか確認はできなかつたが、屋上に向つて「そこにいるのは誰だ。」と大きな声で叱責し、これによつて、深夜屋上で他人の安眠を妨害している者らの喧騒な行為を制止しようとしたものであること、当時同被告は叱責したことにより屋上にいた者が驚いて転落するなどとは予想もしなかつたことが認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  そこで、進んで同被告がAの転落を予想しないで怒声を発したことに過失があるかどうかについて判断する。なるほど、本件マンションの屋上の周囲には柵がなく、また前記A地点の幅が九〇センチメートル程度と狭いことは前記のとおりである。しかし、被告Y1が怒声を発したといつても、その声は七階の前記①地点から屋上に向つてなされたもので、至近距離からなされたというわけではない(この点は、検証の結果により明らかである。)から、屋上にいた者が仮にA地点にいたとしても、右怒声によつて驚きの余り屋上から転落するということは通常予想されないところである。のみならず、同被告が大きな声で、「そこにいるのは誰だ。」と叱責した行為は、前記認定の事実関係のもとにおいては、社会通念上相当として是認される範囲内のものであると認められるのである。したがつて、叱責をうけた者は、迷惑をかけたことを詫びて屋上から降りてくるというのが通常予想される事態というべきである(同被告本人も、「声をかけたのち、誰か顔でも見せ、声でも、『いや、私です。』と言われればあれですけれど云々」と供述し、同被告が声を出した直後は、屋上にいる者が自己の非を素直に認めるものと認識していたことが窺われるのである。)。

したがつて、同被告の予測に反して、屋上にいたAが同被告の声に驚いて前記のような経過を辿つて転落したとしても、それは不慮の事故というべきものであつて、同被告に過失の責を問う筋合のものではないと考えられるから、同被告には、原告主張の不法行為責任はないというべきである。

四被告会社の賃貸人としての瑕疵担保責任について

原告は賃借物について瑕疵があると主張するが、その瑕疵の内容として主張するところは、本件マンションの設置、保存に瑕疵があるとの原告の主張と同一であり、この点に関し瑕疵があると認められないことは、さきに判断したとおりである。

してみれば、原告の右主張は、その余の点について判断を加えるまでもなく採用することができない。

五よつて、原告の被告らに対する本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないので、棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(糟谷忠男 榎本克巳 市村弘)

別紙図面(一)、(二)、(三)<省略>

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